はじめに
今回はJCMについて説明していきます。
二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism、以下「JCM」といいます。)は、日本政府が主導する温室効果ガス(Greenhouse Gas、以下「GHG」といいます。)排出削減のための国際的な枠組みです。
本制度は、日本とパートナー国が協力し、省エネルギー技術や再生可能エネルギー技術の導入を促進し、それによるGHG削減量を両国間でクレジットとして認識するものとなります。
近年、ESG投資の拡大やカーボンニュートラルの実現に向けた動きが加速する中、JCMクレジットの活用は企業にとって重要な選択肢となりつつあります。
本記事では、JCMの仕組みや最新の制度動向、取得・活用方法、成功事例、そして法的留意点などについて説明します。
JCMとは何か
JCMは、国際的な気候変動対策の一環として、日本が推進する排出削減制度です。
これは、GHG削減に向けたプロジェクトを日本とパートナー国が共同で実施し、その削減成果をクレジットとして認識する仕組みとなります。
企業にとっては、国際的な排出削減義務の達成手段として活用できるだけでなく、経済的なインセンティブを得ることができる重要なツールとなっています。
JCMの基本概念と仕組み
JCMは、日本が先進的な低炭素技術を提供し、パートナー国がそれを導入することで、双方にとってメリットのある形でGHG削減を達成することが基本的な仕組みとなっており、日本にとっては、パートナー国の持続可能な発展を支援しながら、日本自身の脱炭素政策にも寄与する制度、ということになります。
大まかな仕組みは以下の表をご覧下さい。
(参照: JCM設備補助事業/コ・イノベーション事業 公募説明会 2021年4月12日)
GHG削減量はクレジットとして認識され、国際市場で取引可能となるため、企業にとっても有利な制度となっています。
また、日本政府はJCMを通じて、国際的な気候変動対策のリーダーシップを強化する狙いがあります。
JCMの大きな特徴は、単なる資金提供にとどまらず、技術移転や能力開発を伴う点です。
これにより、パートナー国の経済成長と脱炭素化が同時に進められ、長期的に持続可能なビジネス環境が整備されることになります。
パートナー国との協力体制
JCMは2025年時点で25カ国以上のパートナー国と協定を締結しており、東南アジア、アフリカ、中南米などの国々が積極的に参加しています。
特に、インドネシア、ベトナム、タイといった国々では、再生可能エネルギー事業や省エネルギープロジェクトが多数展開されており、日本企業と現地政府の協力が強化されています。
日本政府は、これらの国々との協力を通じて、技術支援やプロジェクトの資金援助を実施しており、たとえば、エネルギー効率化プロジェクトにおいては、高性能ボイラーや省エネルギー照明システムの導入が進められており、これにより大幅なGHG削減が実現できています。
また、日本政府は、JCMの透明性と信頼性を確保するために、国際機関や第三者認証機関と連携し、プロジェクトの監査・検証を行っています。
これにより、JCMのクレジットが国際的に認知され、他国との相互承認の可能性も広がっています。
企業にとってのメリット
企業にとって、JCMクレジットの活用には以下のようなメリットがあります。
これらはJCM特有のメリットというわけではないかもしれませんが、JCMを通じて
カーボンニュートラル戦略の推進
JCMを通じて排出削減目標を達成し、企業のサステナビリティ戦略を強化することができる。
国際的な市場競争力の向上
環境配慮型ビジネスモデルを構築することで、ESG投資の促進や取引先からの評価向上につながる。
財政的インセンティブ
補助金や税制優遇、政府からの資金援助を受けながら、クリーン技術の導入が可能。
海外市場開拓の促進
JCMを活用したプロジェクトを通じて、新興国市場に進出し、現地政府や企業との関係構築を強化できる。
企業ブランディングの向上
脱炭素経営を推進することで、グローバルな環境イニシアティブへの貢献を示し、企業価値の向上につながる。
このように、JCMは単なる排出削減手段にとどまらず、企業の成長戦略や競争力強化にも直結する制度であり、積極的な活用を勧めることができます。
最新の制度動向
JCMは国際的な排出削減制度の中でも特に注目されており、近年の規制改定や政策の動向によって、その役割がますます重要になっています。
特にパリ協定の市場メカニズムの下での位置づけが明確化される中で、JCMの運用やクレジットの発行プロセスに変更が加えられ、より多くの企業が活用しやすくなっています。
パリ協定第6条に基づくJCMの位置づけ
JCMは、上で引用した図表の中にもあるとおり、(最近トランプ米国大統領が脱退のための大統領令に署名したことでも話題の)パリ協定第6条(市場メカニズム)に関連する枠組みの一つとして認識されており、今後の国際カーボンクレジット市場において重要な役割を果たすと期待されています。
パリ協定第6条では、国際的な炭素市場の統合と活用が推奨されており、JCMはその一環として位置づけられています。
これにより、日本が先進的な低炭素技術を提供し、パートナー国と協力して温室効果ガスの削減を進める仕組みが整備されています。
JCMは、各国の削減目標(Nationally Determined Contributions)達成のための有効な手段となっており、特に発展途上国において技術導入や資金援助の形で活用されています。
パートナー国と日本の間で生み出されたクレジットは、国際市場での取引や国内の環境規制対応に活用されることが期待されています。
最近の規則やガイドラインの改定情報
2024年にはJCMの運用規則が一部改訂され、クレジット発行プロセスの透明性向上や、第三者検証の強化が進められ、プロジェクトのモニタリング方法の標準化、データ管理の厳格化、報告義務の強化などが行われました。
これにより、クレジットの信頼性が高まり、より多くの企業がJCMを活用しやすくなっています。
また、削減量の測定方法についても改訂が行われ、JCMプロジェクトの効率性と適用可能な技術範囲の拡大が図られました。
これにより、新たな業界や技術分野においてもJCMの適用が可能となり、多様なプロジェクトが承認される可能性が高まっています。
政府の支援策や補助金情報
日本政府は、JCMプロジェクトに対して最大50%の補助金を提供するプログラムを継続しています。この補助金は、技術導入、設備投資、プロジェクト運営に必要な経費の一部をカバーし、企業がより積極的にJCMを活用できる環境を整えています。
また、民間企業向けの低利融資制度では、環境負荷の低減を目的としたプロジェクトに対して低金利の融資を提供し、企業の財務負担を軽減することが可能です。
特に、再生可能エネルギー事業や省エネルギープロジェクトに対して優遇条件が設定され、企業の投資意欲を促進する仕組みが整えられています。
加えて、日本政府はJCMを活用する企業向けに専門家のアドバイザリーサービスを提供し、プロジェクトの立ち上げから実施、クレジット活用までの支援を強化しています。
特に、中小企業にとっては、「分からないことが分からない」という事態を回避することができるため、こうした専門的な支援がJCM参入のきっかけにもなりうるはずです。
JCMクレジットの取得と活用方法
JCMクレジットを取得し活用するためには、適切なプロジェクトの選定、登録手続の遵守、クレジットの発行・取引までの流れを理解しておくことは重要なのでは、と考えています。
以下、企業がJCMクレジットを効果的に取得し、活用するための手順を簡単に説明します。
プロジェクトの登録手続
JCMプロジェクトを開始するためには、以下の手続を経る必要があります。
事前調査(Feasibility Study, FS調査)
プロジェクトの実現可能性を確認するため、環境影響評価や技術評価を含めた調査を行います。
適用可能な方法論の選定や、必要な設備・技術の導入可否についても検討されます。
申請書の提出
プロジェクトの詳細を記載した申請書をパートナー国の政府およびJCM管理機関に提出します。
この際、削減可能なGHG排出量の試算や、財務計画、技術仕様の明記が求められます。
方法論の承認
プロジェクトで活用される削減手法(方法論)について、JCM管理機関の審査を受け、正式に認められる必要があります。
過去に採用された方法論を利用する場合は簡略化が可能ですが、新しい技術を導入する場合には追加の審査が求められることになります。
プロジェクト登録
全ての審査が完了し、承認を得たプロジェクトは正式にJCMの登録プロジェクトとして認定されます。
この後、実際のプロジェクト実施段階に移行します。
クレジット発行までの流れ
プロジェクトが登録された後、以下の流れでクレジット発行が行われます。
モニタリング実施
プロジェクト運営企業は、定期的にGHG排出削減の実績をモニタリングし、JCM管理機関に報告する必要があります。
測定方法やデータ収集プロセスは厳格に定められており、適正な記録が求められます。
第三者検証
独立した認証機関(Designated Operational Entity)が、提出された削減実績データを精査し、JCM管理機関に認定の可否を報告します。
クレジットの発行
認定が完了すると、削減量に応じたJCMクレジットが発行されます。
クレジットは、企業のGHG削減義務の履行やカーボンオフセット、排出権取引などに活用されます。
企業が留意すべき法的ポイント
JCMプロジェクトに関与する企業は、以下の点に留意する必要があると考えます。
契約上の責任分担
プロジェクトの管理・運営責任を明確にし、パートナー企業や政府との契約において、リスク分担を明確にする必要があります。
知的財産権の取扱い
プロジェクトで使用される技術やノウハウの保護のため、特許やライセンス契約に関する合意を事前に確立することが重要です。
税務上の影響
JCMクレジットの取引に伴う税務負担や、現地国での税制優遇措置を事前に把握し、適切な申告・計画を行う必要があります。
環境規制の遵守
対象国の環境規制に適合した形でプロジェクトを運営することが求められ、違反が発覚した場合のペナルティにも注意する必要があります。
このように、JCMプロジェクトの登録手続きからクレジット発行、法的留意点までの流れを理解し、慎重な計画を立てることで、成功に導くことが可能になります。
民間資金を活用したJCMプロジェクトの促進
JCMプロジェクトは、政府支援だけでなく、民間資金を活用することでより広範に展開することが可能となります。
特に、企業のCSR活動やESG投資の一環としてJCMを活用する事例が増えています。
以下では、民間資金を活用したJCMプロジェクトの促進策について説明します。
民間資金中心のプロジェクト組成ガイダンス
従来は政府支援が中心でしたが、最近では民間資金によるJCMプロジェクトの組成も進められています。
一方で、民間企業がJCMプロジェクトを立ち上げるためには、資金調達の多様化、技術協力、法的リスク管理など、多くの要素を慎重に考慮する必要があります。
具体的には、民間投資ファンド、グリーンボンド、銀行融資などの多様な資金調達手段を活用し、プロジェクトの持続可能性を確保することが求められることになります。
また、事業の立ち上げに際しては、対象国の政府や国際機関との協力が不可欠であり、適切な契約形態や合意形成を行うことが重要となってきます。
成功事例の紹介
具体的な成功事例として、以下のようなプロジェクトが挙げられます。
インドネシアでのバイオマス発電プロジェクト
このプロジェクトでは、日本企業が資金と技術支援を行い、現地企業との共同事業として実施されたもので、現地の農業廃棄物を活用して発電を行い、年間30万トンのCO2削減を達成できています。
ベトナムでのエネルギー効率化プロジェクト
大手製造業がJCMを活用し、工場のエネルギー効率を向上させるための技術導入を実施し、年間5万トンのCO2排出削減に成功し、企業の環境経営戦略の一環として評価されています。
タイでの太陽光発電プロジェクト
日本企業が現地の企業と連携し、工場の屋根に太陽光パネルを設置し、自家発電によるエネルギーコスト削減とカーボンクレジットの取得を実現しています。
リスク管理と法的留意点
民間企業がJCMプロジェクトを進める際には、以下のリスクに注意する必要があります。
資金調達リスク
資金調達の不確実性を軽減するため、複数の融資機関と協議し、多様かつ安定した資金源を確保することが必要になります。
パートナー国の政策変更リスク
現地政府の環境政策が変更される可能性があるため、契約書には柔軟な条項を含める必要があります。
特に新興国では政策変更リスクが高いため、この点要注意です。
コンプライアンスリスク
各国の環境規制や税制の変化に対応できるよう、専門家の助言を受けながら適切な管理体制を構築する必要があります。
事業継続リスク
プロジェクトの長期的な成功には、現地企業との信頼関係構築が不可欠であり、協力体制を強化するための戦略が求められます。
これらのポイントを踏まえ、JCMプロジェクトを成功に導くためには、事前のリスク評価と適切な戦略策定が不可欠となります。
最新ニュースと事例紹介
JCM制度は国際的な気候変動対策の重要な要素として進化し続けており、企業や政府機関にとっての関心が高まっています。
以下では、JCMに関連する最新のニュースと国内外の成功事例を取り上げ、制度の実際の活用状況を簡単に紹介します。
最近のJCM関連ニュース
2024年には、新たにアフリカ諸国とのJCM協定が締結されるなど、JCMの適用範囲が拡大しており、特に、ケニア、ナイジェリア、南アフリカといった国々での再生可能エネルギー導入支援が進められ、日本企業の技術協力を得たプロジェクトが複数立ち上がっています。
また、日本政府はこれらの国々への技術移転や資金援助の枠組みを強化しており、JCMを活用したプロジェクトの促進に向けた新たな政策を打ち出しています。
さらに、JCM制度に関連する国際ルールの改定が議論されており、特にクレジットの相互承認やパートナー国の貢献度評価の透明化が進められる予定です。
これにより、日本企業がJCMクレジットをより効果的に活用できる環境が整いつつあります。
国内外の企業による取り組み事例
日本企業の中でも、JCMを積極的に活用している企業が増えており、例えば、大手エネルギー企業は、インドネシアでのバイオマス発電事業を通じて年間10万トンのCO2削減を達成した、とのことです。
また、ベトナムでは、大手製造業がJCMを活用して省エネ設備を導入し、企業のカーボンフットプリント削減に貢献しています。
さらに、欧州企業との協力事例も増えており、JCMを活用したグローバルな排出削減スキームが進展しています。
このように、日本企業はJCMを活用することで、グローバルなサプライチェーンにおける脱炭素化を促進し、国際的な評価を高めることができる状況にあります。
業界動向と今後の展望
今後のJCM市場は、パリ協定の枠組み強化により、さらなる拡大が見込まれます。
特に、JCMを通じたカーボンクレジットの国際市場への統合が進められており、企業にとっては新たなビジネス機会が生まれる可能性があります。
また、政府間交渉の進展により、JCMプロジェクトの認定プロセスが簡素化される動きも見られます。
また、新興国におけるJCMプロジェクトの需要が増大しており、特にアジア・アフリカ地域では、再生可能エネルギーやエネルギー効率化プロジェクトへの関心が高まっています。
これに伴い、日本企業が積極的にJCMを活用し、持続可能な経済発展に貢献する道が開かれています。
まとめ
JCMクレジットは、企業のカーボンニュートラル戦略を支援し、国際的な排出削減目標の達成に貢献する有力な手段だと考えます。
是非JCMの仕組みや活用方法について理解を深め、実務に活かしていただければと思います。
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