目次
はじめに
今回はESGと直接の関係はないかもしれませんが、インドネシアのM&Aに関する規則の改正について説明していきます。
インドネシアにおけるM&A市場は近年活発化しており、日本企業含む多くの外国企業が同国の成長市場への参入を検討しるのではないかと思われます。
しかし、以下に述べる競争法の規制強化に伴い、M&Aの手続や戦略にも影響が出るのではないかと見込まれます。
具体的には、2023年3月31日に施行されたインドネシア事業競争監視委員会(KPPU)規則第3号(Peraturan KPPU Nomor 3 Tahun 2023 tentang Penilaian Terhadap Penggabungan, Peleburan, atau Pengambilalihan Saham dan/atau Aset Yang Dapat Mengakibatkan Terjadinya Praktik Monopoli dan/atau Persaingan Usaha Tidak Sehat、以下「新規則」といいます。)は、M&Aに関する届出義務や審査プロセスを大幅に変更し、市場競争の公平性を確保することを目的としています。
なお、インドネシアの競争法の根拠規定は、独占的行為及び不公正な事業競争の禁止に関するインドネシア共和国法1999年第5号となります。
日本の公正取引委員会のウェブサイトの情報が非常によくまとまっております。
以下では、新規則の主要な変更点を説明し、それがM&Aにどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。
新規則の内容
電子届出システムの導入
新規則では、企業結合の届出を電子的に行うことが義務付けられています。
届出の際には、企業が対象となる取引の詳細情報をオンラインシステムに入力し、必要書類をアップロードする必要があります。
具体的には、合併や買収の契約書、事業計画、財務諸表、関連する会社情報などが求められます。
また、提出可能な時間帯は営業日の午前9時から午後2時までとなります。
これは、システムのメンテナンスや業務時間外の対応を避けるために設定された時間枠であり、企業はこの時間内に正確な情報を入力する必要があります。受付時間が短いですね…
そして、提出書類はすべてインドネシア語で記載することが義務付けられることとなりました。
インドネシア国内の法制度に準拠するため、すべての届出書類は公式な翻訳が施された状態で提出しなければなりません。
誤った翻訳や不完全な書類が含まれる場合、受理が遅れる可能性があります。
インドネシアではインドネシア語を使用することが徹底されていく傾向があります。
KPPUは、届出が受理すると、3営業日以内に登録番号を発行し、最大90営業日以内に審査結果を通知することになります。
KPPUは届出書類の完全性を審査し、不備がある場合には修正要求を行います。
企業はKPPUの指示に従い、必要な修正を迅速に行うことが求められます。
審査期間の90営業日は最大の期間であり、取引の規模や影響度に応じて審査が短縮されることもあります。
届出義務の要件の明確化
新規則では、M&Aの届出義務が以下の基準に基づいて定められました。
まず、両当事者がインドネシア国内で資産または売上を有している場合にのみ届出義務が生じることになります。
これは、インドネシア国内の市場競争に影響を与える可能性がある取引を対象とするものであり、国内経済への影響を最小限に抑えながら、公正な競争環境を維持することを目的としています。
また、企業がインドネシア国内で直接の取引関係を有している場合、届出義務が発生する可能性が高いため、M&Aの初期段階で弁護士会計士等専門家の判断を仰ぐ必要があるのではないかと思われます。
さらに、取引形態によっては、持分取得や事業譲渡の形態であっても、インドネシア市場に影響を与えると判断されれば、KPPUへの届出が求められる可能性があるため、慎重な検討が必要となります。
この資産ですが、資産価値の計算基準が変更され、インドネシア国内の資産のみが考慮されることになります。
以前の規則では、企業グループ全体の資産価値が審査対象となる可能性がありましたが、新規則ではインドネシア国内に存在する資産のみを基準とすることに変更されました。
この変更により、外国企業がインドネシア国外で大規模な資産を保有している場合でも、国内資産が閾値を超えなければ、届出義務が生じない可能性があります。
一方で、企業は自社の資産評価方法を見直し、適正な報告が求められるため、財務部門と連携した正確な資産評価の実施が重要になります。
また、売上高については、売上高の計算基準は変更なし、つまり、インドネシア国内の売上高が基準ということになります。
これは、売上高が、企業の売上がインドネシア市場における競争環境にどの程度影響を与えるかを評価するための重要な指標とされていることからであると考えられます。
そのため、企業は国内での売上を、(会計士などに依頼して)正確に把握する必要があります。
届出手数料の導入
新規則の施行により、M&Aの届出には手数料が課されることになりました。
具体的には、手数料は資産価値または売上高の0.004%(上限1億5,000万ルピア)とされました。
上限まで達するとなるとなかなかの金額になりますね…
趣旨としては、KPPUが市場競争を監視し、不要な企業結合を抑制するためだと考えられます。
手数料の割合は小さいものの、大規模な取引では高額になるため、企業はM&Aの初期段階からコスト計算を行い、事前に予算を確保する必要があります。
なお、もちろんですが、この手数料支払は、届出義務がある取引にのみ適用されます。
つまり、すべてのM&A取引に適用されるわけではなく、届出基準を満たした場合に限られます。
手数料支払が必要になったことにより、大規模なM&A案件では追加のコストが発生することになりました。
具体的な手数料の適用範囲や支払スケジュールについては、KPPUの規定やガイドライン等を確認し、適時に対応することが必要になります。
これからのM&Aに与えうる影響
新規則の施行により、インドネシアにおけるM&Aの実施にいくつかの影響が出ると考えられます。
外国企業間の取引への影響
外国企業間のM&Aであっても、当事者双方がインドネシア国内に資産や売上を有する場合には、届出義務が発生する可能性があります。
従前はこれが当事者一方でも届出義務がありましたので、適用が緩和された形にはなろうかと思われます。
一方で、上記のとおり、コストの点含めて影響があるのではと考えられる点もありますので、以下で説明します。
M&Aのコスト増加
上記のとおり、届出手数料の導入により、M&Aのコストが増加します。
大規模なM&A案件で最大1億5,000万ルピア(現在のレートによると日本円で約150万円)の追加コストが大きなインパクトになるわけではないかもしれませんが、それでも大きなコスト増になることは確かです。
競争法コンプライアンスの強化
KPPUの審査プロセスが明確化されたことで、企業は競争法リスクを事前に評価し、デューデリジェンスの強化が求められるのではないかと思われます。
特に、KPPUの審査では市場支配力の評価や取引が競争環境に与える影響が重点的に検討されるため、M&Aの実施前に十分なビジネス面でのデュー・ディリジェンスを行うことが重要だと考えます。
まとめ
インドネシアのM&A市場は引き続き成長が見込まれるものの、新規則の施行により、企業は事前のリスク評価やコスト計算をより慎重に行う必要があります。
特に、外国企業間のM&Aであっても、インドネシア国内の資産・売上の有無が届出義務を判断する重要な要素となります。
企業が取るべき3つのポイントとして考えられるものとしては以下のとおりです。
新規則の影響を理解し、事前に適用対象かどうかの確認
M&A取引の初期段階で、インドネシア国内の資産・売上の有無を精査し、規制の適用対象となるかを判断することができます。
M&A計画段階でコストを試算し、手数料を考慮した予算計画の立案
届出手数料を含めたM&Aコストを算出し、予算管理を徹底することで、想定外の支出を防ぐことが可能になります。
KPPUとの事前相談を活用し、届出義務の有無やリスクを事前に評価
競争法コンプライアンスを強化し、KPPUの見解を事前に確認することで、スムーズなM&A実施につなげることができます。
今後、インドネシア市場への参入を検討する企業は、今回説明した競争法関連に関する規制だけでなく、最新の規制動向、特に違反があった場合に制裁を受ける可能性があるものを十分に把握し、M&Aプロセスを円滑に進めるための体制を整えることが非常に重要となります。
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