目次
はじめに
今回は自己託送について、具体的には、電力系統利用における自己託送制度の変遷と現状、そして今後の展望について考えてみたいと思います。
自己託送制度は、電気事業法の規制緩和の一環として導入され、その後の再生可能エネルギー政策の進展と相まって、重要性を増してきた制度となります。
しかしながら、近時、制度の趣旨を逸脱する利用実態が顕在化し、2024年2月には大幅な規制強化が実施されています。
以下では、この制度の変遷を説明しつつ、企業活動への影響と今後の課題について説明します。
自己託送制度の法的位置づけ
自己託送制度は、電気事業法第2条第1項第5号に規定される「接続供給」の一形態となります(同号ロ)。
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電気事業法
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第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
…
五 接続供給 次に掲げるものをいう。
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ロ 電気事業の用に供する発電等用電気工作物(発電用の電気工作物及び蓄電用の電気工作物をいう。以下同じ。)以外の発電等用電気工作物(以下このロにおいて「非電気事業用電気工作物」という。)を維持し、及び運用する他の者から当該非電気事業用電気工作物(当該他の者と経済産業省令で定める密接な関係を有する者が維持し、及び運用する非電気事業用電気工作物を含む。)の発電又は放電に係る電気を受電した者が、同時に、その受電した場所以外の場所において、当該他の者に対して、当該他の者があらかじめ申し出た量の電気を供給すること(当該他の者又は当該他の者と経済産業省令で定める密接な関係を有する者の需要に応ずるものに限る。)。
六 託送供給 振替供給及び接続供給をいう。
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自己託送は、このうち「他の者」を自己と解釈することで成立する制度となります。
その意味では、法的には一種の擬制と捉えることができます。
この擬制により、発電事業者が自らの発電設備で発電した電気を、離れた場所にある自社の需要地点に送電することが可能となります。
制度の変遷と法的背景
制度導入の経緯
自己託送制度は、1990年代の電力自由化の流れの中で導入されました。
当初は大規模工場等の自家発電設備を有する事業者を対象としており、電力系統の効率的利用を目的としていました。
2011年の東日本大震災後、電力需給の逼迫を背景に、自己託送制度の重要性が再認識されることになりました。
この時期、経済産業省は「電力系統利用協議会」(現在の電力広域的運営推進機関)を通じて、自己託送の運用ルールの明確化を図りました。
再生可能エネルギー政策との関連
再生可能エネルギーの普及促進策として、2012年に「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(FIT法)が施行されました。
FIT法の下では、再エネ発電事業者は固定価格買取制度を利用することが一般的であったが、自己託送は代替的な選択肢として位置づけられました。
制度の濫用と規制強化
2020年頃から、再エネ賦課金の回避を目的とした自己託送の利用が増加し、制度の趣旨を逸脱する事例が顕在化してきました。
具体的には、以下のような方式が問題視されました。
賃貸型自己託送:発電設備を他者から借りて自己託送を行う方式
一括受電型自己託送:集合住宅等で管理組合が一括して電力を購入し、各戸に配電する方式
これらの方式は、電気事業法の解釈上、「自己」の範囲を拡大解釈するものであり、これは拡大しすぎではないかということで法的な問題点が指摘されていました。
2024年の規制強化と法的影響
改正の概要
2024年2月12日、経済産業省は「自己託送に係る指針」を改正し、自己託送の要件を厳格化しました。
主な改正点は以下のとおりです。
発電設備の所有に係る要件:他者から譲渡または貸与を受けた発電設備は自己託送の対象外に。
電気の最終消費者に係る要件:需要場所内で密接な関係のない他者への電気供給は自己託送の対象外に。
法的影響
この改正により、従来の賃貸型自己託送や一括受電型自己託送は、原則として認められなくなりました。
法的には、「自己」の解釈が厳格化され、電気事業法第17条の適用範囲が明確化されたと言えます。
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(託送供給義務等)
第十七条 一般送配電事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域における託送供給(振替供給にあつては、小売電気事業、一般送配電事業、配電事業若しくは特定送配電事業の用に供するための電気又は第二条第一項第五号ロに掲げる接続供給に係る電気に係るものであつて、経済産業省令で定めるものに限る。次条第一項において同じ。)を拒んではならない。
2 一般送配電事業者は、その電力量調整供給を行うために過剰な供給能力を確保しなければならないこととなるおそれがあるときその他正当な理由がなければ、その供給区域における電力量調整供給を拒んではならない。
3 一般送配電事業者は、正当な理由がなければ、最終保障供給及び離島等供給を拒んではならない。
4 一般送配電事業者は、発電等用電気工作物を維持し、及び運用し、又は維持し、及び運用しようとする者から、当該発電等用電気工作物と当該一般送配電事業者が維持し、及び運用する電線路とを電気的に接続することを求められたときは、当該発電等用電気工作物が当該電線路の機能に電気的又は磁気的な障害を与えるおそれがあるときその他正当な理由がなければ、当該接続を拒んではならない。
5 一般送配電事業者は、当該一般送配電事業者の最終保障供給若しくは離島等供給の業務の方法又は当該一般送配電事業者が行う最終保障供給若しくは離島等供給に係る料金その他の供給条件についての最終保障供給又は離島等供給の相手方(当該一般送配電事業者から最終保障供給又は離島等供給を受けようとする者を含み、電気事業者である者を除く。)からの苦情及び問合せについては、適切かつ迅速にこれを処理しなければならない。
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この改正は、行政指針の形式で行われたが、実質的には電気事業法の解釈指針としての性格を有することになるため、裁判所における法解釈にも影響を与える可能性があります。
企業活動への影響と法的リスク
再エネ事業者への影響
自己託送を前提としたビジネスモデルを検討していた再エネ事業者は、事業スキームの見直しを迫られることになると思われます。
特に、賃貸型自己託送を利用している事業者は、今後発電設備の所有権移転や事業形態の変更を検討する必要が出てくる可能性があります。
また、事業スキームの変更に伴い、電気事業法上の届出や許認可の再取得が必要となる可能性があります。
集合住宅管理組合等への影響
一括受電型自己託送を利用していた集合住宅等は、電力調達方式の変更が必要になる可能性があります。
法的には、管理組合と各戸所有者との間の契約関係の見直し、電力会社との新たな契約締結等が必要となる可能性があります。
電力会社への影響
一般送配電事業者にとっては、自己託送による収入減少のリスクが軽減される一方、託送供給約款の改定や自己託送の審査基準の見直しが必要となるものと思われます。
また、電気事業法第18条に基づく託送供給約款の変更認可申請や、同法第23条に基づく託送供給等業務規程の変更が求められる可能性があります。
今後の法的課題と展望
再エネ政策との整合性
自己託送制度の厳格化については、再生可能エネルギーの普及への影響について考えていく必要があるように思います。
特に、FIT法や「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律」(高度化法)との整合性が問題となるように思われます。
電力システム改革との関連
自己託送制度の厳格化については、電力システム改革の一環として進められている配電事業制度や、アグリゲーター制度との関連性についても整理する必要があるように思われます。
特に、配電事業者による自己託送の取扱いや、アグリゲーターが介在する場合の法的責任の所在について、検討が必要であると考えます。
新たな電力取引形態への対応
ブロックチェーン技術を活用したP2P電力取引など、新たな電力取引形態が登場しつつあります。
こうした新技術と自己託送制度との関係について、法的枠組みの整備が求められていくことになると予想されます。
国際的な動向との調和
欧米諸国における類似制度の動向や、国際的なエネルギー政策の潮流を踏まえ、日本の自己託送制度の在り方を再検討する必要があります。
特に、EU指令等との整合性や、国際的な気候変動対策との調和が課題となると思われます。
まとめ
上記のとおり、自己託送制度は、電力自由化と再生可能エネルギー普及の文脈の中で、重要な役割を果たしてきました。
しかし、制度の濫用事例の顕在化により、2024年の規制強化に至りました。
この規制強化は、電気事業法の解釈を厳格化し、「自己」の範囲を明確化するものであり、企業活動に大きな影響を与えるものと考えられます。
これまでの経緯を踏まえると、自己託送制度はエネルギー政策の一端を担う重要な制度であることは間違いなく、その法的枠組みの在り方は、我が国のエネルギー転換と持続可能な社会の実現に大きな影響を与えることになります。
現在の規制状況が自己託送の最終的な形態であるとすることなく、最適な形態を模索する努力は官民含めて続けて欲しいと考えています。
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