[マレーシア] Havi Logistics vs Pemungut Duti Setem裁判と今後のM&A法務・税務への影響

M&A

はじめに

今回はM&Aに関連する論点としてマレーシアの判例「Havi Logistics vs Pemungut Duti Setem」(連邦裁判所事件番号: [2025] 3 MLRA 1、控訴裁判所事件番号: CA No. W1(A)-488-07/2022)を説明してみたいと思います。

この事件は、マレーシアのM&A取引における印紙税の適用範囲およびその評価方法について、従来の形式主義から実質的経済効果の評価へと舵を切る判断を示した判例となります。

思い切りざっくりお伝えすると、資産の物理的な移転を伴わない資産譲渡(日本の民法でいうところの占有改定に基づく資産譲渡、ということになろうかと思います)の場合でも、この資産譲渡契約の締結に際しては、買主は、当該資産金額に応じた印紙の支払が必要、ということになります。

以下、主要な争点と裁判経緯について整理します。

事件の概要と裁判の争点

事件の概要

Havi Logistics (M) Sdn Bhd(以下「Havi」)は、2020年にMartin-Brower Malaysia Co Sdn Bhd(以下「MB Malaysia」)との間で、コンピュータ機器、備品、プラント、機械設備、在庫などの事業資産(注:MB Malaysiaの株式ではないことに注意)を購入する資産譲渡契約(Asset Purchase Agreement、以下「APA」)を締結した。
この契約に基づき、資産の所有権とリスクはクロージング時にHaviへ自動的に移転することが定められた。
APAに基づく資産の対価は2,491,491.55米ドルで、当時の為替レートでは10,378,806.35マレーシアリンギット相当でした。

印紙局は、APAに従価印紙税として399,196マレーシアリンギット(約1300万円)を査定しました。
Haviは査定された印紙税を支払いましたが、異議通知を提出して抗議しました。

Haviは、印紙税評価額が10リンギットのみとなる印紙法(Stamp Act 1949)の第一表の項目4に基づいて評価されるべきであるという理由で、印紙税評価額に対して印紙税徴収官に不服申立てを行いました。

印紙税法の第一表の項目4では、「手書きのみで作成され、特に義務を課されていない合意または覚書…」に10リンギットの印紙税が課せられると規定しています。
控訴審において、徴収官は、印紙税法第21条(1)項に基づき、契約書に印紙税を課すという先の判決を維持しました。

ご参考まで、印紙法21条1項を機械翻訳にかけたものは以下です。
21. (1)
マレーシアにおいて、いかなる契約または合意も、捺印または単に署名のみで作成されたもので、いかなる種類の財産における衡平法上の権益または利益の売却、または土地、建物、相続財産、遺産、またはマレーシア国外に所在する財産、商品、製品または商品在庫、株式、市場性のある証券、いかなる船舶または船舶の部分的な利益、持分、または船舶内の財産を除く、いかなる財産の権益または利益の売却のためのものである場合、当該契約または合意は、実際に売却される予定の権益、利益または財産の譲渡契約と同様に、購入者が支払うべき同じ従価税を課されるものとする。

裁判の争点

本裁判で争われた主要論点は以下のとおりです。

  • 「売買譲渡」の該当性

本事件では、HaviはAPAが「売買譲渡(conveyance on sale)」に該当しないと主張しました。Haviの主張によれば、資産の形式的な移転(nominal transfer)にすぎず、固定額の10リンギットの印紙税が適用されるべきだとされました。
一方、税務当局(Pemungut Duti Setem)は、APAは実質的に資産の所有権を移転するものであり、「売買譲渡」として従価税(ad valorem duty)の対象であると主張しました。
連邦裁判所は、最終的に税務当局の主張を支持し、資産の実際の引渡しが物理的であるか形式的であるかに関わらず、所有権の移転を伴う契約はすべて「売買譲渡」として評価されると判断しました。
具体的には、 「マレーシアで締結された…いかなる不動産、権益、財産の売却契約または合意も、…商品、製品または商品を除き、…売却契約と同様に従価印紙税を課す。」とし、APAが財産の権益の売却を規定していることから、連邦裁判所は「契約上の『みなし規定』があろうとなかろうと、21条1項に完全に該当し、実際の『売却による譲渡』とみなされる」と結論付けました。

  • 「みなし引渡し(deemed delivery)」条項の影響

APAの第2.3(c)(i)条には、取得資産の所有権とリスクがクロージング時に自動的に購入者であるHaviに移転し、取得資産が所在する場所で「みなし引渡し」となる旨が記載されていました。
高等裁判所(日本でいう地方裁判所)は、この「みなし引渡し」条項により、実際の資産の物理的な引渡しがないため、「売買譲渡」には該当しないと判断しましたが、控訴裁判所および連邦裁判所は、「みなし引渡し」条項の存在に関係なく、APA自体が所有権を移転する「売買譲渡」であり、従価税の適用対象であると結論付けました。

  • 資産の「商品(goods)」該当性

APAの目的物とされた取得資産には、コンピュータハードウェア、機械、設備、在庫などが含まれていましたが、特にプラントや設備などの固定資産が「商品」(goods)に該当するかどうかも争点となりました。
Haviは、これらの固定資産は「商品」(goods)に該当しないため、印紙税の適用除外となるべきだと主張しました。
連邦裁判所は、「商品(goods)」の意味は、商業的な取引や販売を目的とした物品に限定され、機械やオフィス機器などの「非取引用動産(non-trading moveable properties)」は従価税の対象となると判断しました。

判決がM&A実務に与える具体的影響

本判決は、今後のM&A取引のドキュメンテーションや税務リスク管理に大きな実務上の変化をもたらす可能性が高いと考えられます。
特に、M&Aにおける印紙税負担が増加する可能性があります。
このため、事前に印紙税の負担があることを想定したうえで資金等の計画を立てる必要があります。

なお、契約書の内容を調整することによって印紙税の負担を避ける方法が検討できないかが問題になりますが、本判決は税負担については実質的に判断をする方向にシフトしたものと言えますので、実質的に印紙法の適用を受ける内容であるとされる限り、こうした、ある意味小手先の手段は意味がないものと思われます。

まとめ

本判決は、印紙税の適用範囲と評価方法を、形式的記載から実質的経済効果に基づく判断へと転換した画期的な判例であるといえます。
本判決で議論となったみなし引渡しとの関係では、印紙税法第52条の再解釈が行われ、契約書上の形式だけでなく、実際の権利義務や実質的な支配権移転が重視される点が明確化されました。
本記事ではとり上げていませんが、争点の一つとされたControl Premiumについては、従来の非課税扱いから、「取得価格-純資産時価×持分比率」に基づく算定方法で独立した課税対象として再評価されることになりました。
また、こちらもとり上げていませんが、従来の形式的な取引金額評価から、独立第三者による資産評価額の算定が重視されることになりました。

個人的には、税務の分野については、可能な限り形式的な判断が求められるべきなのでは、と考えています。
実質的な判断がなされるとすると予見可能性が低くなるためです。
例えば契約締結等、ある法律行為を行う際に課税されるのかされないのか、一瞥してわかるかどうか、という点は、そもそもそうした法律行為を行うのか行わないのかの判断にも関わってくるのではないか、と思われます。
このため、「商品」に該当するかどうかを辞書的に解釈したという点は予見可能性を守るものであると考えることができます。

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